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1. マルヒ製茶「香駿」の特徴
今号では静岡県磐田市のマルヒ製茶の2022年夏摘み「香駿」をお届けします。
「香駿」は駿河の香りという名前の由来どおり、香りに強い特徴のある品種です。
「香駿」は静岡県の茶業試験場で「かなやみどり」と「くらさわ」という共に香りの良い品種を交配親に用いて、その実生群中から選抜されました。
マルヒ製茶では、10年以上前に試験場から苗木を譲り受けたことをきっかけに「香駿」の栽培に取り組んでいます。
今日では耳にすることも多い品種ですが、当時はあまり普及していなかったそうです。
また、後述する最初の自作烏龍茶と紅茶も「香駿」を用いて作られており、マルヒ製茶との繋がりも深い茶品種です。
一般にハーブやスパイス系の香りについて言及されることの多い「香駿」ですが、2022年夏摘みの本ロットでは濃厚で甘い桃様の果実や酸のあるベリー系の果実が複雑に絡んだ芳醇な香りをお楽しみいただけるかと思います。
中程度のボディ感と程よい渋みも感じられ、紅茶らしい味わいです。
本ロットはプレミアムティコンテスト2022でも五つ星を獲得しており、多くの方にとって非常に満足感の高い逸品に仕上がっているといえるでしょう。
2. マルヒ製茶のはじまり
現園主・鈴木英之さんの祖父・鈴木博さんが1950年頃、磐田原台地に自社工場を建設し、お茶を作り始めたことがマルヒ製茶の始まりです。
現社名にもなっている「マルヒ製茶」の由来は、祖父博さんが工場を建設した際の屋号「マルヒ」から来ているそうです。
初代の博さんとお父様の代は煎茶を中心に製造していました。
3代目になる現園主の英之さんは、萎凋を施した香りの良いお茶が好きだったため、2013年頃に初めて烏龍茶を試作します。
この時に完成した我流の烏龍茶はとてもよく出来たそうですが、それまで煎茶を中心に据えてきたため、発酵茶を作るためのスキルが追いつかず、一作目の品質を再現するのに苦戦を強いられる日々が続きました。
こうして、好きで始めた烏龍茶づくりに頭を悩ませていた時、高品質な和紅茶を生み出す生産者グループ ”CLUB-T” 代表の講演会に参加しました。
終演後、英之さんは製茶について悩んでいた点をいくつか質問し、代表との交流が始まりました。
交流の開始を契機に同年九月、他の “CLUB-T” メンバーと共に製茶技術を学ぶため、台湾・日月潭まで足を運んだそうです。
研修を終えて日本へ帰国した英之さんは、学んできた製茶技術を応用して和紅茶の製造も開始しました。
それでも、一度では習得出来なかった技術や、自茶園で実際に製茶することで生じた新たな疑問は、翌年に同地を再訪して研修をうけた際に一つずつクリアしていきます。
これらの研修では特に茶葉の違いに驚きがあったそうです。
烏龍茶にはなるべく大きく整った茶葉が良いそうですが、台湾の茶葉は日本のものと比較して全体が柔らかく、そのため茶葉が成長して大きくなっても丸く揉み込むことが出来ます。
一方で日本の品種は茶葉の先端が柔らかくとも、下の方が硬いものが多く、丸く揉み込むのにはあまり向いていません。
このように、ネットのみでは知り得ることの難しい情報を、実際に体験できる製茶研修はその先のキャリアにも役立ちました。
英之さんは台湾の他に、鳳凰単欉の産地である中国広東省も訪れています。
中国語は挨拶程度しかわからない状態で、現地の茶農家も若い人を除くと、日本語どころか英語もほとんど通じない状況でしたが、ボディ・ランゲージを通してコミュニケーションを図りました。
現地では文化や習俗など生活に関するあらゆる事柄が日本とは異なりますが、お茶を扱う職人同士、不思議と分かり合えることも多かったそうです。
3. 香りに対する強いこだわり
英之さんはお茶を作る上で香りの良いものを作りたいという思いがあります。
烏龍茶や和紅茶を本格的に手がけるきっかけともなったこのこだわりは、実際に製茶をする際に特に注力する点でもあります。
茶葉本来の豊かな香りを引き出すために重要な工程が萎凋です。特にファーストフラッシュの紅茶では尚更この工程が重視されます。
生葉に含まれる水分をとばすこの工程を通じて、徐々に茶葉本来がもつ甘い香りが発揚しますが、この段階で如何に香りをピークまで引き上げられるかが腕の見せ所となってきます。
この際、英之さんは茶葉を萎凋棚に寝かせるだけではなく、海外研修で得られた技術を活かして茶葉を攪拌(かくはん)させます。
この一手間によって、茶葉が本来持つ豊かな香りを最大限に引き出すのです。ただし、この技術はコツを要するため、習得するには長い月日がかかりました。
あまりに強く攪拌してしまうと葉痛みとなり、十分に水分をとばすことが出来なくなるため、発酵が止まってしまいます。
英之さんは3年ほど前から、この感覚が研ぎ澄まされ目指すべきところが定まったようです。
4. 多様な品種栽培
マルヒ製茶では「香駿」をはじめとして20に及ぶ茶品種を栽培しています。
和紅茶のトップクリエイターの一人として知られる英之さんですが、日本茶農家として生産の中心は煎茶に据えているため、「やぶきた」を筆頭に緑茶用品種も多く栽培しています。
一方、和紅茶では「香駿」の他に「べにひかり」や「むさしかおり」「さやまかおり」など、やはり香りに特徴の出やすい品種が中心となって用いられています。
英之さんは和紅茶を作るうえで、バランスに特化したものよりは、強いアピールポイントを有した品種を選択する傾向にあり、実際にその品種が持つポテンシャルを最大限に引き出すための技術を磨いてきました。
そのため品種の特性を見抜き、茶種に応じて適したものを使い分けることが重要なようです。
本ロットや「香駿」以外にも、その技術力の高さがいかん無く発揮されているマルヒ製茶の和紅茶は、プレミアムティコンテストをはじめとしたコンテストで多数の賞を獲得しており、茶葉の直売のみにとどまらず、飲食店などでの取り扱いも増加しているようです。
また日本国内だけではなく、海外からも高い評価を受けており、ヨーロッパを中心に輸出もされています。
5. 有機栽培への取り組み
マルヒ製茶では緑茶用と紅茶用で畑を分けることで、どちらも高い品質を維持しています。
旨味や病虫害対策が重要となる緑茶の茶畑は慣行栽培で減農薬、減肥栽培を行っています。
一方で、和紅茶の茶畑は有機JASのような認証は取得していないものの、農薬不使用で栽培されています。
残留農薬については特にヨーロッパの基準が厳しいのですが、問題なくヨーロッパに輸出できる製品となっています。肥料についても、化学肥料は使わずに有機のもののみ利用しています。
強い旨味が要求される緑茶とは大きく変わって、紅茶では窒素分が多くなりすぎると香りが立ちにくくなることがあるため、有機肥料も与える量を減らしているようです。
また与える有機肥料についても動物性のものを用いると、香りに影響が出やすくなってしまいます。そのため、ごまや綿実など油分の多い植物に由来した肥料を利用しています。
しかしながら、植物性肥料の輸出元である中国における国内消費量の増加や近年の輸送コストの高騰などがあり、かつての圧搾肥料を用いることが困難になってきました。
したがって、現在は圧搾肥料から抽出肥料へ転換しているそうです。
6. 茶器の追求
マルヒ製茶の3代目園主である英之さんは、お茶の香りや和紅茶の製造方法における強いこだわりの他に、お茶を入れるための器にもこだわってきました。
自分の作ったお茶を最もよく見せるのは、最終的に茶器であるという考えもあり、素材や形状に妥協はしません。
英之さんはヨーロッパアンティークの磁器や景徳鎮の中国茶器、日本の陶器など様々なカップやポットを集めてきました。
その中でも三重県四日市市で作られる萬古焼の急須は紅茶に限らずお茶を美味しく入れることができるといいます。
萬古焼の土には鉄分が多く含まれているため、その作用によって茶成分中の渋みを和らげまろやかに抽出することができるそうです。
英之さんは特に松風窯の急須を愛用しており、実際に窯元を尋ねることもありました。
窯元訪問のたびに収集した急須を飾る事務所の棚は、銀化窯変など様々な急須が並べられており、見る人を圧巻させます。
また作家ものの食器も収集しており、特に松風窯の職人さんの弟でもある急須作家、山本広巳さんの作品がおすすめなのだそうです。
今回の取材を通して品種の選定から製茶、そして実際にお茶を入れるまで一連の流れ全てにこだわりを持って接する鈴木英之さんの紅茶づくりには目を見張るものがありました。
英之さんのこだわりが詰まった本ロットの和紅茶を是非ご堪能ください。
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